FoxのドラマBoston Legalのしゃれた会話を題材に、英会話を学びたいと思います。

■ブログ管理人よりご挨拶申し上げます■

当ブログを読んでくださりありがとうございます。当ブログを管理しているLalalanと申します。よろしくお願い致します。

  • ブログをはじめて2年と3ヶ月、ブログにいただいた「拍手」の累計が200を越えました。
  • 当初は自分自身の整理を目的に記事をアップしていましたが、最近ではすっかり読み手の存在を意識しながらアップしています。
  • 今後とも牛歩で進む所存ですが、よろしく「拍手」「コメント」のほどお願い申し上げます。
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    → 英会話教材としてのBoston Legal      → Boston Legal概論


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第十六話 最終弁論
アルツハイマーで苦しむ妻、こんな惨めな状態なら死にたいと懇願する妻、そんな妻にモルヒネを投与し安楽死させた男を弁護するAlanの最終弁論です。理屈や法論理で構成するというよりは、陪審の感情に訴える『役者』を演じる弁論構成となっており、「役者としての弁護士」の力量を見せる弁論になっています。

安楽死と尊厳死が明確には区別されていないこと、IIIの箇所で「安楽死は人間的な行為だ」という理論の飛躍があること、といった疑問点は残りますが、

I 考え方の提示
II 考え方を現実の問題/自身の問題へ適用するよう呼びかけ
III 具体例を示して問題を考える
IV 本件にも考え方を適用してみる
V 本件に対する結論

というBoston Legalで展開される典型的な最終弁論構成です。

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I. まずは今般の問題を考えるための視点を冒頭に述べます

視点1:自殺幇助は表面的には禁止されているが、Terri Schiavo事件でならされた鐘をきっかけに、公然の事実ながら多く実施されている(病院での末期患者の70%の死因)。
  • The dirty little secret is we went down that slope…, years ago. Officially we say we’re against assisted suicide, but it goes on all the time.
  • Seventy percent of all deaths in hospitals are due to decisions to let patients die. Whether its morphine drips or respirators or hydration tubes. With all due respect to the Terri Schiavo fanfare, patients are assisted with death all across this country all the time.
視点2:実際に事件性を調べれば済むことで、警察が尋問なりして死因に不審な点があるなら起訴すればいいが、今般の件は純粋に夫が尊厳死を望む妻に従っただけだ。
  • As for regulating motive? Here’s a thought. Investigate it. If we suspect foul play, have the police ask questions, if it smells funny, prosecute.
  • But here, there’s no suggestion the Mr Myerson’s motive was anything other than to satisfy his wife’s wishes and spare her the extreme indignity of experiencing the rotting of her brain.

II. 陪審に上記の視点を擦り込んだあと、たっぷりと間を置いて、力強くゆっくりはっきりした言葉遣いで短く簡潔に問いかけます。すなわち本件を自分自身の問題として考えさせるよう仕向けるのです。

Can you imagine? Would you want to live like that?  

III. 迷っている陪審や、人間の死に立ち会ったことのない陪審もいるかもしれません、そこでAlanは12年前にペット(名前はAlan)に起きた自分自身の安楽死の例を引き、陪審に考え方の例を見せます。また安楽死は人間的な行為だと主張します。役者ですねえ。
  • I had a dog for twelve years. His name was Alan. That was his name when I got him. He had cancer in the end. That, in conjunction with severe hip displacement, and he was in unbearable pain. My vet recommended, and I agreed, to euphemize him. It was humane, which we, as a society, endeavor to be, for animals.

IV. 具体例を引いて身近な事例を考え「安楽死=人間的行為」という命題を強引に導いた後で、今般の被告の行動を改めて考え、「人間的(humane)」ではないか、と擦り込みます
  • My client’s act was humane. It was a selfless one, it was a sorrowful one. Ms Myerson’s nurse testified as to the profound love Ryan Myerson had for his wife.

V. 最後は、“ultimate”といった形容詞に続けてloveやkindnessといった人間性を意識させる単語をならべ、陪審の人間としての人間の自意識を刺激したあと、たっぷりと余韻を残すように間を置いて視点2を改めて意識させる最後の台詞に映ります。
  • Sometimes the ultimate act of love... and kindness...
  • If you think this man is a criminal, send him to jail. But if you don’t... don’t.
///

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第十六話 娘の薬物中毒が原因で7年間絶縁していたものの、親子の縁を取り直そうと娘を訪ねた父Paulが見たものは、いつの間にか産まれて4歳になっていた孫でした。7年のブランクは大きく、再会を果たしてもなかなか素直に昔のような父娘に戻れない二人は、激しい口論でお互いの感情をぶつけ合います。

父)Paul Lewiston:
In my darkest days... during your mother’s illness, I would let my mind wander to you. I would dream... of being there for you when you give birth to our first grandchild. Getting to hold and love a baby again, like I did you. How dare you take that from me? How dare you?

私の最も暗かったときは…、母さんが病気のときで、私はおまえにかまってやれなかった。いつも夢見ていた…、おまえのそばにいてやっておまえが初孫を産む。赤ん坊を抱いて愛してやる、むかしお前にしたように。どうしてまたその夢を奪っていくのだ?どうしてだ?

娘)Rachel Lewiston:
In my darkest day... through it all... I had one little thing, one tiny semblance of a foundation, and it was knowing that no matter what, my father would be there for me, and he wasn’t…, he wasn’t.... How dare you take that from me?

私の最も暗かったときは…、暗くてもずっと…、私は一つ小さいものを持っていた、理屈なしに信じていた、思っていたのは、何が起ころうと、父さんだけは味方でいてくれると、でも違った…、違ったわ…。どうしてまたその拠り所を奪うの?。

娘Rachelは、父Paulの言い回しやフレーズを利用して会話を成立させ、相手の一方的な理屈建てを暗に非難しているわけで、心憎い会話術です。さすが弁護士の娘、という設定を見事に演出する(!?)脚本です。

ちょっと横道に逸れますが、女の子をもうけた友人から娘はかわいいけど将来どういう関係になるのか考えると不安と言う悩みをきいたことがあります。むつかしいですね。

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閑話休題。父娘ともに1つずつ、どこかで使ってみたいフレーズを使っています。
  • let my mind wander to you
以下英辞郎からの引用ですが、
# My mind wandered. :ぼんやりしてたよ。
# My mind just keeps wandering. :どうも集中できない。

これがwonderになると、
# do wonders for someone's mind:(人)の心が癒される

となりますから、mindに合わせるw「a」/「o」nderに注意しましょう。
(放送訳はwonderと聞き取っていたと思しき訳「おまえが心の支えだった」になっていましたが、意味が通りにくいと思いますので、ここはwanderでしょう。)
  • one tiny semblance of a foundation
semblance【名】
1. 外見、外観
2. うわべ、見せかけ
3. わずかな[かすかな]もの
4. 〈文〉類似、そっくりなこと

# bring a semblance of peace to:~へ見た目の平和をもたらす
# with a semblance of confidence:
(相手を)信頼しているそぶりを見せて、うわべだけの信頼を示して、信用するふりをして
# without the semblance of an apology:形だけの謝罪さえなしに

そんなsemblanceを使ったsemblance of foundationという表現は相当にお固い古めかしい表現のようで、宗教関係で信仰の根拠を示す表現や、下記のような1916年の新聞記事に見られたりします。
http://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9E05E4DF1730E733A0575BC0A9669D946796D6CF

semblance of foundationはよって日本語にするのは難しいのですが、根拠がない、望み薄の状態、あってないようなもの、といった感じでしょうか?

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第十六話 証人席に座っているのはアルツハイマーで苦しむ妻にモルヒネの投与を決断した男性で、検察側が質問しています。検察側は、男性の動機は妻の救済ではなく自身(又は家族)を救済するために行った行為ではないのか、という点に移るのですが、深く追求しきれていません。検察も追求しにくいらしく、柔らかく回りくどい言い方で質問を切り出しています。

A.D.A. Douglas Koupfer:
I’m sorry to be asking these questions. It’s just sometimes, in these situations it’s actually more about sparing the family’s suffering than it is the victim’s.
こんな質問は気が引けますが、ときどきですけど、こういった状況は、事実むしろ被害者よりは家族の苦しみですよね?

検察の質問は具体的になって証人に投げかけられます。

A.D.A. Douglas Koupfer:
Sir. How much was it costing you per month to care for your wife?
Sir、奥さんの毎月の医療費はいくらでしたか?

Ryan Myerson:
You know, I, I’m just about one second away from taking my fist to your head.
おい、お、俺はお前の頭をいますぐにも殴りたい

Judgy Thurmond: Mr Myerson!
Myersonさん!

A.D.A. Douglas Koupfer:
That strikes me as impulsive. Are you an impulsive person?
いまのは衝動的にみえました。あなたは衝動的な人ですか?

Alan Shore:
Your Honor, this badgering has gone on long enough.
裁判長、この誹謗は行き過ぎています。

参考までにこの後で展開される検察の最終弁論の言葉を引きますと、毎月の医療費負担に苛まれ衝動的に病人の生命を絶ったとの観点で被告の行動を追求する検察側の追求は以下のようにまとめられ、放送訳では「家族のエゴ」と訳されています。

What about the family that actually seeks to end their own suffering, because it’s too horrible watching mom deteriorate?

「家族のエゴ」は、尊厳死問題では検察側からすると殺人の動機として焦点を当てられますが、倫理的に追求しにくいですし、立証も難しいものです。また「家族のエゴ」は、被告側からも持ち出される理論です。即ち、延命させているのは、早く死んで楽になりたい病人を無視した家族の勝手な措置(=エゴ)だとする考えです(例えばこちら)。法律ドラマですからそのあたりはさらりと法律論に還元されていますが、検察側/弁護側双方が「家族のエゴ」に焦点をあてる重厚な法廷ドラマもあったらオモシロいかなと不謹慎なことを考えたりしてしまいます。

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Dennyはかつて同じように痴呆で苦しみ、最後は2歳児と同じ脳になった自分の父親に、家族の立場からモルヒネ投与して死を迎えさせた経験があるらしく・・・
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